このシリーズは全7回。基軸通貨ドルが抱える構造的な問題と、日本人投資家の視点からトランプ外交を読み解く。
前回: 【第2回】基軸通貨の特権とバグ
2021年1月、アメリカで住宅を買おうとした人が目にした30年固定ローンの金利は2.65%だった。歴史的な低水準で、住宅ローンは安かった。
それから2年半後の2023年10月、その金利は7.79%に達した。ほぼ3倍だ(出典:Freddie Mac)。同じ家を買うのに、月々の返済額が劇的に跳ね上がった計算になる。
インフレと利上げ、二段階の絞り込み
アメリカの庶民が最初に苦しんだのはインフレだ。2021年末のCPIは前年比7.0%(出典:BLS)。食費・家賃・ガソリン代が急騰した。
そこにFRBが利上げを重ねた。インフレを抑えるための古典的な処方箋だ。確かに物価上昇率は徐々に下がった。しかしその代償として、住宅ローンが跳ね上がり、クレジットカードの金利も急騰した。
クレジットカードの平均金利は2021年の14.51%から2024年には25.2%へ(出典:CFPB)。借金を抱えた家計にとって、この差は致命的だ。アメリカ人がクレカの利息として支払った総額は2022年の1,050億ドルから2024年には1,600億ドルへ52%増加した。
家計全体の債務返済負担(Debt Service Ratio)も2021年Q1の9.05%から2024年には11.06%へ上昇(出典:FRB)。収入のうち借金の返済に消える割合が、この3年で着実に増えている。
国内産業への波及
利上げはドルを強くする。強いドルは輸入品を安くする——一見、消費者への恩恵に見える。しかし安い輸入品が国内市場に流れ込むことで、製造業は競争力を失う。2023〜2024年にかけて米国製造業の生産と雇用は縮小した(出典:BLS)。
インフレで生活費が上がり、高金利で借金が重くなり、さらに製造業の雇用が減る。これがアメリカの働く人々が味わった現実だ。
しかしここにもうひとつの問題がある。前回見た通り、その高金利が生み出す利払いの一部は、アメリカの庶民ではなく海外の債権者——日本や中国——の国庫へ流れている。痛みは国内に残り、果実は海外へ渡る。これが基軸通貨国の利上げが持つ、本質的な不公平さだ。
利上げは本当に正しい処方箋なのか
ここで根本的な問いを立てたい。そもそも利上げは、今のアメリカの問題を解決できるのか。
インフレを抑えるために庶民の購買力を削ぐ——これは農地に水が足りないとき、作物を枯らして水の消費量を減らすようなものだ。確かに数字の上では改善する。しかし土壌そのものを痩せさせてしまう。
経済において庶民は「肥沃な土壌」だ。庶民が豊かだからこそ消費が生まれ、消費があるから企業が投資し、投資があるから雇用が増え、雇用が増えるから税収が上がる。この循環を断ち切ることは、経済の根を腐らせることと同義だ。
金融政策と財政政策の独立が生む最悪の結果
本来、中央銀行(金融政策)と政府(財政政策)は独立して機能することが理想とされる。しかしこの独立が噛み合わないとき、最悪の結果を生む。
FRBが金利を引き上げる一方で、議会が歳出を続ければ、政府の利払いコストだけが膨らむ。景気を冷やそうとする金融政策と、景気を支えようとする財政政策が逆方向に引き合い、その摩擦コストを払うのは結局、消費者と納税者だ。
今アメリカに必要なのは、血流が止まっている場所に血液を届けることだ。つまり利上げで全身の血圧を下げるのではなく、詰まっている場所を直接開通させる——財政的な手当てによって、苦しんでいる家計に直接資金を届けることだ。では、その「逆転の処方箋」とはどういうものか。次回以降で見ていく。
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