エイチ・アイ・エス(TSE:9603)の2026年10月期第1四半期は、売上高1,012億円(前年同期比+8.5%)と表面上は堅調な数字だった。しかし数字の奥に目を向けると、同社が直面している構造的な矛盾が浮かび上がってくる。


格安航空券から始まった夢

澤田秀雄氏がエイチ・アイ・エスを創業した1980年、その理念はシンプルだった。「海外旅行を、誰もが行けるものにしたい」。当時、ヨーロッパへの旅は富裕層の特権だった。澤田氏は新宿の小さな店舗から格安航空券の販売を始め、学生や若者が世界に出るための道を切り開いた。

円高とバブル景気の追い風を受け、HISは日本の旅行文化を変えた。「海外は憧れの場所」から「実際に行けるところ」へ。その変化の中心にHISがあった。


二つの顔を持つ決算数字

今期Q1の数字は、二つの異なるストーリーを語っている。売上高は前年比8.5%増の1,012億円と堅調。しかし営業利益は2.2%増の53.2億円にとどまり、経常利益は2.1%減の51.6億円、純利益は2.5%減の34.3億円と、利益面では前年を下回った。営業利益率は5.3%と薄い水準だ。

売上は伸びている。しかし利益はついてきていない。この乖離は一過性のものではなく、ビジネスモデルそのものへの問いを内包している。


円安が変えた「旅行の民主化」

HISの創業を支えた条件のひとつが、円高だった。1ドル120〜130円の時代でさえ「海外は高い」と感じていた日本人に、HISは格安の選択肢を提供し続けた。

しかし今や円は歴史的な安値圏にある。2020年以降、円はドルに対して約40%の価値を失った。パリへの往復航空券が15万円から25万円になれば、「気軽に海外へ」という選択肢は再び遠のく。

2024年の日本人海外旅行者数は約1,700万人。2019年の2,000万人にはまだ届いていない。とりわけ若い世代ほど海外離れが顕著だ。賃金が伸びず、物価は上がり、円は弱い。HISが若者に届けようとした「世界」が、再び遠くなっている。


世界が日本に来ている。チケットを売っているのは誰か

ここに、最大の皮肉がある。

日本人が海外旅行を手控える一方で、世界は日本に熱狂している。2024年の訪日外国人数は過去最高の3,687万人を記録した。アニメ・マンガ・食文化・そして円安による割安感が組み合わさり、日本は世界有数の旅行先となった。

では、このインバウンドブームの恩恵を誰が受けているか。

答えはKlook(香港)、KKday(台湾)、Viator(米・TripAdvisor傘下)、GetYourGuide(ドイツ)といった海外テックプラットフォームだ。彼らは日本のアクティビティや日帰りツアーを外国人旅行者向けに束ね、スマートフォン完結で販売する。円安で割安になった日本旅行を、外国企業が円安で稼いでいるという逆転構造が生まれている。

HISは日本市場への深い知見と全国ネットワークを持ちながら、自国が生み出したインバウンド需要のおいしい部分を海外テック企業に持っていかれている。


ハウステンボス売却が示すもの

澤田氏が2010年に経営破綻から救済し、ロボットホテルなど先進的な取り組みで再生させた長崎のハウステンボス。そのHIS持分の売却は、同社の戦略転換を象徴する出来事だ。

資本効率の観点からは合理的な判断だ。しかしそれは同時に、旅行事業の外側に広げてきた夢を手放し、本業に立ち返るという宣言でもある。問題は、「本業」の定義が今や曖昧になっていることだ。


問い:HISは何者になるのか

HISは円高時代に「若者に世界を」という理念を掲げ、日本の旅行文化を変えた。その両輪だった「円高」と「旅行代理店の情報優位性」は、いずれも失われた。

同社は手をこまねいているわけではない。高付加価値商品やチャーター便、インバウンド領域への注力など、変化への対応は続いている。しかし構造的な逆風は本物だ。

世界が日本に来ている。日本を見たいと思っている。

しかしそのチケットを売っているのは、HISではないかもしれない。


出典: TDnet 適時開示(原文PDF) | IR | English version

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