マネーフォワード(TSE:3994)は2012年の創業以来、「日本の法人バックオフィスをSaaSで変革する」というビジョンを掲げてきた。売上高は年24%成長、調整後EBITDAも改善途上。数字だけ見れば悪くない。
しかし現実はこうだ。名刺をデジタル化するところから出発した会社(Sansan)の請求書管理プロダクト(Bill One)が、マネーフォワードの本丸であるはずの領域で年率35%の成長を遂げ、黒字化まで達成している。マネーフォワードはいまだに通期赤字を見込んでいる。
これは技術力の差ではない。プロダクト設計の哲学の問題だ。
数字が示す現実
Q2 FY2026(2025年12月〜2026年5月の半期):
| 指標 | 数値 | 前年比 |
|---|---|---|
| 売上高 | 290億円 | +24.8% |
| 営業利益 | -2.09億円 | — |
| 純利益 | +5.53億円 | — |
| 通期営業利益ガイダンス | -5〜+15億円 | — |
| 通期純利益ガイダンス | -32〜-7億円 | — |
売上成長は本物だ。だが創業14年で、今年もまだ純損失予想。しかも-32億円から-7億円というレンジの幅の広さが、経営陣自身が着地点を読めていないことを示している。
同じ期間、SansanのBill OneはARR約110億円で+34.9%成長し、グループ全体の調整後営業利益率は15.7%に達した。同じ法人向けバックオフィスの市場で、なぜここまで差が開いたのか。
営業コストが減らない=製品が使いにくい
SaaSプロダクトの品質を測るシンプルな指標がある。営業コストが下がっているかどうかだ。
製品が本当に使いやすければ、既存ユーザーが同僚・取引先に勧める。「試しに使ってみたら便利だった」でオーガニックに広がる。セルフサービスで申し込まれる。その結果、顧客獲得コスト(CAC)が自然に下がっていく。
逆に、製品を理解してもらうために説明が必要で、導入に社内説得が要り、サポートに問い合わせが来続けるなら、営業・マーケティングコストは高止まりする。製品がセルフサービスで売れていないということだから。
マネーフォワードが創業14年で黒字化できていない最大の理由は、プロダクトが「営業しなくても広がる」段階に達していないことにある。
プロダクト設計の失敗
なぜそうなったのか。マネーフォワードの原点は「家計簿アプリ」だ。個人の収支を正確に管理するツールとして生まれ、法人向けにピボットしたとき、その「会計を正確に記録する」という設計思想をそのまま持ち込んだ。
その結果できたのは、経理担当者や税理士のためのプロダクトだった。勘定科目、仕訳、複式簿記——正確だが難しい。
しかし日本の法人市場の大部分——士業、中小企業、個人事業主——が本当に欲しいのはそれではない。請求書を送って、受け取りを確認して、記録する。それだけでいい。帳簿は税理士に任せている。必要なのは、速くてシンプルなツールだ。
Sansanが名刺から始めたのは偶然ではなく必然だった。名刺のデジタル化は「誰でも3秒でできる」という体験から設計が始まっている。その哲学でBill Oneを作ったから、「請求書を受け取って処理する」という操作が直感的だった。
同じバックオフィス業務でも、「会計ソフトの延長」と「コミュニケーションツールの延長」では、UIとUXの出発点がまったく違う。士業や中小企業の担当者は後者を選んだ。
ユーザーへの裏切りが示したもの
2023年、マネーフォワードは家計簿アプリ「マネーフォワードME」の無料プランを事実上制限した。長年無料で使えていた機能が、月額料金なしでは使えなくなった。
アプリストアのレビューが荒れ、SNSで批判が広がり、「マネーフォワードを家族に勧めていたのに」という声が溢れた。
ビジネス的には理解できる判断だ。無料ユーザーを維持するコストは高く、そこからの収益化は難しい。しかしこの判断のタイミングが示しているのは、法人市場での新規顧客獲得が想定より高コストになっており、既存ユーザーから搾り取る必要があったということだ。成長エンジンが順調なら、こういう動きは必要ない。
何が残っているか
公平に言えば、マネーフォワードのMF Cloudは中堅企業向けの統合型バックオフィス(会計・給与・経費精算)として一定のポジションを持っている。調整後EBITDA ¥105〜115億円(+111〜132%)という通期ガイダンスは、ビジネスモデルとしてのキャッシュ生成能力を証明している。
問題は、その強みが発揮できる領域(統合型の会計機能を求める中規模法人)が、Sansanが攻めてくる領域(シンプルな請求書処理を求める中小・士業)と重なっていない点だ。
両社が取り合う市場の中間層——どちらでも良かったはずの顧客——は、Sansanの使いやすさを選んでいる。マネーフォワードが会計の深みで勝てる顧客は、もともとSansanを選ばない顧客だ。
結論
マネーフォワードは間違ったものを作ったわけではない。ただ、市場が欲しかったものよりも高機能すぎるものを作った。
使いやすければ口コミで広がる。口コミで広がれば営業コストが下がる。営業コストが下がれば黒字になる。その循環が起きていない以上、プロダクトの「わかりやすさ」の問題は解決していない。
名刺をスキャンする会社に請求書市場を侵食され続けているのは、その結果だ。
出典: TDnet 適時開示(原文PDF) | IR | English version
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