東京海上ホールディングス(TSE:8766)のFY2027純利益予想は8,300億円、前年比+56.2%増。日本最大の損害保険グループが空前の好業績を迎えるように見える。

だが数字を分解すると、三つの重なり合うメカニズムが見えてくる。本業が加速しているのではなく、会計処理とバランスシートの調整が数字を作っている。

三つのメカニズム

① IFRS会計の逆転(生命保険)

FY2027増益予想の最大の要因は、FY2026に▲2,049億円もの大幅損失を計上した国内生保(あんしん生命)のIFRS損益が正常化することだ。

損失の内訳は三つ。ドル建て債券のヘッジコスト超過による▲3,212億円のネガティブキャリー(日米金利差のピーク時にドルヘッジコストが運用利回りを約120bp上回った)、IFRS17保険財務費用▲1,520億円、そして出再益のIFRS上の繰り延べ(日本基準では即時認識されるが、IFRS下では繰り延べとなる)。

いずれも保険事業の失敗ではなく、会計上のノイズだ。日米金利差が縮小してヘッジコストが落ち着けば、損失は機械的に逆転する。この会計逆転だけで、FY2027の親会社帰属利益増加見込み2,578億円のほぼ全額が説明できる。つまり「増益の正体」は生保の会計ノイズが消えることに尽きる。

② 持ち合い株売却プログラム

東京海上グループは約3.5兆円の政策株(持ち合い株)を保有する。2026年度中期経営計画(MTP2026)でFY2029年度末までに全株売却を公表、年間約6,000億円ペースで進めている。FY2026実績は株式売却6,703億円であり、株高局面を利用して含み益を現金化している。

中計は率直だ:EPS成長目標を「本業+8%」+「政策株売却+8%」=「+16%以上」と明示している。成長ストーリーの半分がバランスシートの取り崩しであることを、経営陣自身が公式に認めている。

なお、IFRS上では政策株売却益はその他包括利益(OCI)を通じるため連結純利益には直接計上されない。ただし投資家向けの株主還元ナラティブは政策株売却原資による自社株買い・配当に強く依存している。また逆説的に、政策株削減により配当収入が減少し、利息・配当金収入はFY2025の4,279億円からFY2026の3,372億円へと減少した。売却益を稼ぎながら同時に経常収益を削っている構造だ。

③ 国内損保の「良かった一年」

FY2026の国内損保(東京海上日動)の親会社帰属利益は前年比約78%増と劇的改善した。ただし要因の中心は外因だ——FY2025が能登地震・大型台風と厄年だったのに対し、FY2026は相対的に大規模災害の少ない年だった。火災保険損害率は51.1%→44.1%に改善。

FY2027国内損保のガイダンスは▲125億円のダウンを示しており、経営陣自身が国内損保1,050億円の大規模災害前提を織り込んでいる。FY2026の国内損保改善は「運」の要素が大きく、構造的改善とは言いがたい。

国内市場:経営陣が直接は口にしない構造問題

国内自動車保険(最大商品)は長期の逆風下にある。少子化による若年ドライバーの減少、EV普及による事故頻度の低下、そして生命保険的機能をNISAが代替しつつある現実。2027年施行予定の自賠責保険料6.2%引き上げは一時的なプラス材料だが、強制保険プールの損害率127.3%は医療費上昇が構造的に続いていることを示すものであり、引受採算の根本改善を意味しない。

中計が「スペシャルティ保険の普及率が欧米より大幅に低い=成長余地がある」と述べる裏には、裏返せば「既存の自動車・火災保険市場はもう伸びない」という認識がある。2035ビジョンが「保険+ソリューション事業の融合」を打ち出すのも、保険単体では長期成長を語れないという経営の本音だ。

海外:唯一の本物の成長エンジン、ただし集中リスクあり

北米(フィラデルフィア連結:PHLY)とロンドン・ロイズ(TMK)を軸とする海外保険は、FY2027で+342億円の増益見込み。高金利環境のもと投資収益と専門種目(D&O、サイバー保険等)が伸びる北米が唯一の「本物のオーガニック成長」だ。

ただし北米集中が進む分、米金利の正常化やスペシャルティ市場の軟化局面では成長の頭打ちリスクが生まれる。TMKのマリン・戦争リスク引受は多角化の一環だが、ロイズ特有の単年ブレが大きく、単独の成長ドライバーとはなりにくい。

5年は安全、10年は賭け

5年間の投資仮説は成立する。3.5兆円の政策株売却原資が自社株買い・配当を支え続け、本業+8%のEPS成長に政策株+8%が乗ってくる計画は内部的に一貫している。

10年先は別の話だ。FY2029に政策株の売却余地はゼロとなる。国内保険市場は人口動態とともに縮小が続く。「ソリューション事業」が具体的な収益柱として確立できるかどうか、現時点では輪郭すら見えていない。

東京海上は今後5年間、含み益を精緻に現金化しながら株主に還元する非常に合理的なプログラムを実行する。だが10年先の株価を見るなら、政策株という「仕込み」が剥落した後に何が残るかを見極める必要がある。


出典: TDnet 適時開示(原文PDF) | 東京海上グループ中期経営計画2026(PDF) | English version

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